『闘病記』肝硬変の症状。腹水とむくみ②末期状態まで

闘病日記、病気のこと

※このページは、肝硬変の末期の写真を掲載しています、閲覧に注意してください。

前半の続きです。
利尿薬開始から1年ほど経過した頃、腹水が溜まりだしてコントロールが難しくなり「難治性腹水」と呼ばれる状態になっていきました。

「腹水とむくみ」難治性腹水後の症状

とにかくお腹が苦しいです。呼吸困難まではいきませんでしが、常に膨満感があるため食欲はなく、睡眠にも支障がでてしまい寝てもすぐに起きてしまう日が続きました。外見でもわかるほどお腹が張り出し、へそが出はじめ、メデューサの頭と呼ばれる模様も下腹部に浮き出ていました。
写真の頃で、体重は40キロ台で主治医には10ℓくらいは溜まっているのではないかと言われていました。また、目も身体もかなり黄疸が出ています。
※体重については、腹水前から40キロ台になっていました。

肝硬変末期ブログ、腹水症状の様子写真
腹水の様子

足のむくみ

腹水が溜まるのと同様に、足のむくみも酷くなる一方で、むくみがでると足が重く感じ何とも言えない痛みがありました。着圧ソックスを履けばむくみを防げたので毎日の着用は必須でした。1日履いてから脱ぐ際はかなり大変でした。

肝硬変末期ブログ、足のむくみむくみ症状の写真
足のむくみの様子と着圧ソックス効果
肝硬変末期ブログ-着圧ソックスの写真
手持ちの着圧ソックス

着圧ソックスに関しては、季節関係なく履いていたので10足以上は買いました。元々、乾燥肌なので「綿」製以外は痒くなり、値段が高いので困りました。しかも男性用はあまり販売してないので最初はサイズ選びに迷いましたが、身体が衰弱していたので女性用のもので問題なかったのは幸いでした。

痛み

腹水が溜まり出す以前からですが、右の背中には常に鈍痛があり、それがさらに悪化していました。痛みに対しては「ロキソニン」「カロナール」「ロキソニンテープ」などを引き続き使用して和らげていました。この時も、それくらいの処方しか無かったです。

腹水時の楽な姿勢

腹水が溜まりだした場合は安静が一番ですが、下記のような姿勢をとることでお腹の重みを逃がすことができ少し緩和できました。「呼吸が楽な姿勢」で検索すると出てきます。仰向けは、そのまま水の重みがくるので、横を向いたりベットに角度をつけたり、前かがみになった状態が重さを逃がすことができました。

肝硬変末期ブログ。楽な姿勢-看護
楽な姿勢

また腹水が溜まり出すと、特に下腹部の不快感がありました。下着類が苦しかったのでゴム紐を切って緩和していました。

肝硬変末期、腹水とむくみ。下着類
当時使用した下着類

「腹水とむくみ」腹水穿刺(緩和)

苦しくなると同時に、採血データ(体全体)も悪くなる一方で腹水を抜く処置(腹水穿刺)をする事になります。正確な記録が無いのですが確か入院中に初めておこないました。簡単に説明するとお腹に針を刺して溜まった水を抜くだけです。

腹水穿刺(排液)の流れ
1.腹部エコーで針を刺す場所を決めてお腹にマーキング
2.消毒して局部麻酔
3.排液用の太い針を刺す
4.数時間かけて排液する(動けません)
5.排液後、安静+圧迫止血+点滴でアルブミンの投与

肝硬変末期ブログ、腹水穿刺の様子
腹水穿刺の様子

最初の排液は2L位抜きました(抜く量は先生が決めます)。排液した直後は本当に楽になり、抜いてる途中で食欲がでたりするほどでした。排液を使用して悪性腫瘍などの検査もおこなわれます。幸い検査では問題になるような事はありませんでしたが、癌の発症は心配でした。

「腹水とむくみ」腹水穿刺後

最初の腹水穿刺後はしばらくは持ち堪えました。しかし病状の悪化は止まらず腹水も元に戻っていきました。その後は穿刺をしても数日単位で苦しくなって、抜いてもすぐ溜まるの繰り返しでした。

回数間隔場所排液量
1回目初回入院中不明
2回目2ヵ月外来2L
3回目3日外来2L
4回目10日入院中不明(CRAT)
5回目17日入院中2L
6回目4日入院中4L
7回目7日入院中3L
残っている記録

※上記は残っているデータで、実際はもっと多かったです。

外来診療での穿刺

治療方針については、すべて主治医の判断でしたが、この腹水穿刺(排液)のタイミングは自分で決めます。勿論、主治医が最終的に判断しますが治療ではなく、あくまで緩和という処置なので、苦しと感じた時に行うことになります。
このタイミングについては自分の「感覚」になるので毎回かなり迷いました。上記のように1度抜いてから再度、溜まるのが格段に早まったことで、抜くのも嫌になっていきました。しかし身体が重くフラフラの状態で病院に行っても、数時間で身軽になって帰れるという不思議な状況でした。

外来処置での注意点
ちなみに腹水穿刺は時間がかかりますので、病院によっては朝一番に行かないと外来時間内に間に合わない可能性もあるので注意が必要です。自分の病院では17時までに終わらせなければいけないと言われていました。長引くと入院になってしまうそうです。

CART( 腹水濾過濃縮再静注法)について

肝硬変末期ブログ、腹水症状。CARTの様子
CARTの様子

 CARTとは、Cell-free and Concentrated Ascites Reinfusion Therapy: 腹水濾過濃縮再静注法の略で、肝硬変や癌などによって貯まった腹水を濾過濃縮して、癌細胞や細菌を除去し、アルブミンなどの有用なタンパク成分を回収する治療法です。1981年より保険認可されています。

難治性腹水に対するCARTについて」大森赤十字病院

腹水の事を調べているとすぐに出てくる言葉が「CART」です。排液する腹水の中にある栄養を戻すというものです。長所が多く書かれていたので、行うのが普通なのかと思っていましたが、実施されませんでした。主治医に聞いたところ、『うちでも出来るけどあまり変わらないと思う。』と言われた経験があります。この時は実施しない理由までは確認しませんでしたが、そもそもインターネット情報の多くはガン性腹水の話が多いと思うので原因について確認する注意が必要ではないかと思います。

結局、その後1度だけ別の病院で受ける事になりましたが、明確な違いが分からなかったのがその時の感想です。ただ、CARTを行った時は特に希望したわけでもなかったので、医師の判断というよりは病院によって方針が違うのではないかと思いました。

入退院を繰り返す

難治性腹水になってからは数回、入退院を繰り返しました。体も痩せたことにプラスして腹水も重なると1人で家事をこなす事のも難しくなったので、保護的な目的で入院をしてました。その時は入院すると状態が良くなり、退院した途端に悪化するを繰り返し、早い時には退院翌日にはお腹が苦しくなってしまう事もあったので非常に困りました。
主治医には、入院中と日常生活では安静度違うので当然と言われましたが、それを実感した出来事でした。客観的に考えれば、ひとり暮らしなので当然なのですが・・・。
入院時はひとりだとリュック背負って電車とバスを乗り継いで行くのも大変でした。退院時は、なるべく宅急便を使用したり負担を減らす工夫をしました。

採血データ(血清アルブミン値)

肝硬変末期ブログ、腹水時の採血データ(アルブミン数値)
アルブミン数値

利尿薬開始後のアルブミン値の推移です。腹水は悪化する一方でしたが、データ的には上下を繰り返し、Child-Pugh(チャイルド・ピュー)分類での2点である「2.8~3.5」の間でしたので、3点になる「2.8未満」になることは最後までありませんでした。

肝硬変末期ブログ、Child-Pugh
Child-Pugh(チャイルドピュー)分類

食事について

腹水が悪化した結果、下記のような事がありました。

  • 塩分制限が6g⇒3g(日)に変更
  • たんぱく質の摂取量の制限
  • 食事の摂取量が減ってしまったので、栄養剤「アミノレバン」の追加
  • 夕食~朝食までのエネルギ―不足対策して、夜食の推奨

上記のような事がありましたが病状悪化のスピードが速すぎて、この頃の記憶があまり無いのが正直なところです。振り返ると「アミノレバン」の追加に関しては、別の病院でしか試しませんでした。医師の考え方の差による処方だと思います。

やりきれなかったこと

体重管理が続かなかった

最初にも書きましたが、腹水の量を正確に把握するためにも、毎日の体重管理は欠かせません。しかし毎日同じ条件での測定と記入管理を継続することが、この状況になっても出来なかったのが正直な話で、測定データが飛び飛びになってしまいました。
腹水に関わらず、健康管理は毎日欠かさずにデータを蓄積することが何よりも大事だと思います。この時は始めませんでしたが、術後の現在はスマホアプリを利用してなるべく自動化して、その便利さを実感しました。利用時期が遅くなったことに後悔してます。

アミノレバン

短期間の入院中のみに、服用した経口栄養剤ですがマズ過ぎて全部を摂取する事ができませんでした。「アミノレバン」自体は粉末状の薬で水に溶かして飲むのですが、味が酷すぎて飲めなかった為、病院には食事の際ゼリー状に加工してもらいましたが、それでも服用しきれませんでした。
食事自体が難しい時期でしたので、摂取できれば予後が少し変わったかもしれないと個人的に思っています。

その後と振り返り

腹水に関しては結局、利尿剤の開始から2年ほど経過した頃に、1人ではどうにもできなくなってきたので、実家に帰ろうとした時に歩くことも難しくなってしまい、そのまま入院することになったのが移植前、最後に覚えている出来事です。
その後に移植手術を受ける事になりますが、その予定も無いまま意識がなくなりました。

この時の感想ですが、腹水を自覚できてからの展開は急激すぎました。自分の足で病院に行くことができた1ヵ月後には歩けなくなっていましたので、その後の流れは自分自身も医師達も全く予想できませんでした。実家に帰らず1人で生活していたのもそのせいです。
さいごに入院した時も自分の容態は認識していましたが、そのまま意識が無くなるとは想像できずでした。
ただ、この頃は病気が発覚して以来なにかしらの対処を受ける事が出来ていたので、穿刺以外に何も対処できない状況になって本当に原因不明なんだなと、実感していました。

後になって言えることですが、振り返ると孤独死してもおかしくない状況でした、どうなったら行動した方がよいとは言えませんが、もう少し早く対策しておく必要があったのかなと思っています。

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